目黒IT系 丸顔広報のブログ

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ビリギャル -学年トップクラスのパッパラパーが両親と先生に恵まれて更生した話-

1日だけ実家で過ごしてきました。

今はその帰りの電車。ひまぶろぐです〜

 

両親と話してたら急に、
「ビリギャルがれなにしか見えなくて、れなに重ねて見たら大泣きしちゃってさあ!絶対見た方がいい、あ、今からみよう!」
となって、みました。笑

 

おかしい。

まずギャルじゃない。有村架純とわたしを重ねるなんて、親バカにもほどがある。

そんで、慶応行ってない。
てかまず、大学受験もしてない。

 

正直、ありがちな逆転劇だしそもそも地頭いい女の子の話だと思って全く興味も湧かなかったし

しかも私と主人公が重なる要素がないしそんなおかしい話ってないけど、とにかく見てみたら、結果、
本当に自分に重ねてしまって、そして、彼女と私を重ねてみていた両親の気持ちを考えたら、ものすごく泣いてしまいました。


私は小学生時代、なぜか担任から嫌われていました。

「お前みたいなクズは、いつか痛い目を見る。」

担任から言われた言葉です。

 

第一志望中学に合格したと喜んで伝えた時も

「ふんっ(後にも先にも鼻で笑われたことない)

せいぜいうまくやれよ。」


彼になにかした覚えも、言った覚えもないし、なんなら成績もよくて、全校生徒の校歌斉唱のピアノ伴奏もしていたのに。受験生なのに内申点は最悪でした。どんなに100点を取っても。


それまで誰かからそんなにも嫌われたことのなかった私は困惑し、自分が悪いのだと思い込みました。先生に気に入られたくて、バカな私は毎朝わざわざ席まで挨拶をしにいったりもしました。

 

その担任になった頃から友達ともうまくできず、こんな世界からどうにか逃れたいと思ったわたしは中学受験を決意。

また、4歳から習っていたピアノもわりとセンスがあったようで、コンクールにも出ていました。
楽譜が嫌いで、とにかく自分が弾きたいように表現するのが好きでした。耳がよく、先生が弾いたものをアレンジして楽しんでいました。それを褒めてくれる有名なピアニストもいました。

だけどコンクールってそんなに甘くなくて、ピアノで全国にいくような子たちは、受験なんてしません。みんな四六時中ピアノばっかり弾いてピアノのことばかり考えている。勉強しながら合間をみて練習に励みましたが、技術力は歴然でした。
誰かにとって素敵な音楽を奏でたとしても、楽譜通りに弾けなければコンクールでは0点です。

コンクールの全国大会で一度、有名な先生にひどい点をつけられ、こうコメントをもらいました。
「あなたのピアノはモーツァルトへの冒瀆だ」

私はモーツァルトが大好きで、私のピアノで私らしく表現しただけだったのですが。。


ピアノと受験に挟まれて疲れ切ったわたしは、大学までエスカレーターで行ける学校にしぼり、一生勉強しないと決め、ピアノもやめました。


母校に決めた理由は
・制服がかわいい(というか自由でした)
・大学までいける
・電車の乗り換えなしで割と近い

これだけでした。
偏差値てきにはもっと上を狙える、と塾の先生は言ったけど、塾の実績を上げるために言いなりになる必要はないし、あんまり偏差値が高くない学校の方が気が楽だと思いました。

制服と、大学までいけて勉強しない、というのがビリギャルと被っていてまず共感。中学受験ってそんなもんですよね?ちがう?

 

その後は宣言通りわたしは一切勉強しませんでした。授業中もぼーっとしてたし、放課後はカラオケ行って、テスト期間も教科書は学校に置いたまま。
まじでクラスでどん底でした。笑

そのまま高校に進学。


高1のクラスもなんとなく過ごして、高1最後の面談で、親を呼ばれ三者面談をしました。
どんだけバカでも、これまで学校に親が呼ばれるなんてことなかったのでびっくり。
だってちゃんと学校行ってるし、ぼーっとしてたけど授業は静かに受けてたのに。
(わたしより問題児たくさんいたなあ。。)

今思うと、授業態度の良いバカって一番厄介かも。笑

 

その時の成績は評定2.1
5段階評価です。ほぼ赤点ってこと。

「このままだと大学行けないよ。」

びっくりしましたが、なんとかなるさと口笛ふきながら帰宅。
ほどなく事態を知った父が大激怒。

 

「もう学校辞めろ。今から電話して辞めなさい。お前に学校行かせる金がもったいない。」

 

なんだかんだで学校が好きだったので、ここで父と約束しました。

「次のテストで絶対挽回するから、どうか少しの猶予をください。」

 

高2になり、私は勉強するようになりました。というかただ真面目に授業を受けてみた。
そしたら、勉強が楽しい!
4年間なーんにも勉強しなかった脳みそふにゃんふにゃんのスポンジ状態の私には、知識を入れることがとても新鮮で楽しかった。

 

勉強するうちに、大学で学びたいことを見つけました。しかもエスカレーターでいける母校で学べる学部!でもその学部は一番人気でした。
人気の学部は成績の良いひとから順に振り分けられるので、とにかく成績をあげる必要がありました。

 

そこからは猛勉強!!というのはうそで、
すごいのが、私の母校の先生たちの教え方のうまさです。
授業をちゃんと聞いていれば、普通に成績は上がりました。授業中わからなかったところは放課後に聞きに行くと、みんな丁寧に教えてくれました。
ビリギャルでいう伊藤淳史みたいな良い先生がいっぱいいて、彼らのためにも勉強がんばろうと思えた。

 

そんなこんなで、私の最終的な評定は4.2まで上がりました。
2.1から4.2。大躍進でしょ?笑
最後は有名大学への推薦も狙えると担任から言われました。でも、学びたい学部が内部進学にあった。


ビリギャルと共感したのは、小学生時代つらかったこと。大人が嫌いだったこと。
そんな辛いときに支えてくれたのが母だったこと。ビリギャルの吉田羊と母が重なって、ボロ泣きしてしまった。

 

ビリギャルと違うのは、中学、高校の先生たちに恵まれたことと、父の存在。

 

父は私のターニングポイントごとに、私を正してくれました。
今でも、働く大人たちの中で一番尊敬していて目指しているのは父です。


父はポイント毎でしか私に口出ししなかったけど、きっとグッと堪える場面がたくさんあったんだろうなあとか、
ビリギャルのさやかちゃんで泣けるってことは、きっと思うところがあったんだろうなあ、と。

 

そんなことを考えていたら、家族3人で号泣してしまいました。(兄は風邪でダウン)

映画としてはたぶんありふれた内容だと思うけど、自分と重ねて泣けてしまった。あと有村架純が最強にかわいいです。

 

共感できそうなひとは、ぜひみてね。

 

 

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おにく